「た、たいへんです~」

たいして大変そうに聞こえない声を上げながら、やはりあまりたいした事がないような顔をしたノエルが、食事が終わりまったりとした空気に包まれていたリビングへ飛び込んできた。
とはいえ、その声がいつもよりも大きいところが、ノエルの驚きを現しているのかもしれない。
ともかくそんなノエルが、食器を洗っていた俺へ声をかける。

「どーした? なんか事件か?」
「いいえ、お客様です~」

大きな胸を弾ませながら、ノエルが俺に言う。
ちなみにこれで魔女っコ達は全員揃ったが、誰1人として後片付けの手伝いをしてくれないのは、わりといつもの事である。

「客……? 俺にか?」
「いいえ~、それが~、カーライルさんはいるかーって~」
「おっさんに? それのどこが大変なんだ……って、ま、まさか、マッチョでアフロが増えたとか!?」

俺は暑苦しいおっさんの姿を思い浮かべ、瞬時に後悔して頭をふる。

「それはたしかに大変だ……。おっさんはいないし、待ってろ、俺が追い返……」
「あ、そうではなくて~」

息巻く俺に、ノエルが首を振ってから袖を引く。

「お客様は、その~とっても美人さんなんです~」

その瞬間。リビング中に5つの驚きの声が上がった。

俺は困惑していた。
扉から鈴なりで、リビングを覗いている魔女っコ達が気になるからではない。
目の前にいるのが清楚でいかにも高貴な雰囲気を持った、出るトコ出てる超美人だからでもない。
この美人がおっさんの知り合いで、さらに「カーライル様」などとあまりにも勿体ない呼び方をしているからに他ならない。
流れるような黄金の髪も、豪華なサークレットも、端整な顔立ちも、大きく開いた胸元も、長いスカートのスリットから時折見える太股も、どこをとっても完璧なこの美女が、よりにもよって「様」だと!?
どんな悪さをしたんだ、あのおっさんは!?
というか、完全にビューティ&ビーストだろ!?
あわなすぎる! ありえん! 勿体ない……!

「あの……どうかいたしましたか……?」

1人身悶える俺を見て、美女が鈴のような澄んだ声で声をかける。

「あ、い、いやいや、なんでもないですよ、貴女がお美しいのでとまどってるのでしょう、あ、あははは……」
「いやですわ、ご冗談を。でも、ありがとうございます。ふふ」

俺のごまかしに、美女がきちんと答える。
同時に、扉から殺気を感じ、ちらりと見ると……。

「うっ、ミルフィの視線が険しいモノに……」
「ミルフィ、様ですか?」
「あ、いや、それはいいんですけど……」

それはいいってどういう意味、ムグムグ……という声が聞こえたのは、きっと他の魔女っコに取り押さえられたからなのだろう。
とりあえず俺は気付かないふりをして、美女にむき直した。

「おっさ……い、いや、カーライル殿がどこにいるかは、実は知らないんですよ。いつの間にかに現れて、飯をたかり……じゃなく、食卓を囲むくらいなので……」
「そうですか……ではまた、人知れず戦っているのですね……」

美女は愁いを帯びた表情のまま、少しだけ視線を落とす。

「失礼ですが、おっさ……いや、カーライル殿とはどういった関係なんです?」

そう聞く俺に、始めは躊躇していた美女は、少し考えてから、ぽつりぽつりと語り出した。

「……わたくしは、あのお方に助けられたのです」
「へ……?」
「わたくしは、深い闇の中で眠っていました。なにもできず、なにもせず……永劫と思われる闇の中で、眠り続けていました。そこでわたくしが見ていたのは夢……。命芽吹く世界をただ見守る夢……。そして、取り変わるように現れた、悪夢……」

美女は吟遊詩人の歌う物語(サーガ)のように、朗々と言葉を紡ぐ。

「悪夢は世界を侵蝕し、やがて絶望と破壊を生みました。全てが壊れ、無に還る。無は闇となり、闇はわたくしを包み苦しめます。それが、わたくしの悪夢でした……」

美女の言葉に、いつの間にか魔女っコ達もリビングに入り、俺のまわりでその言葉を聞く。
俺の隣に座り腕にしがみつくミルフィも、そのミルフィにしがみつくミオリも、ソファの後ろに立つノエルも、リビングの扉にもたれ掛かり、腕を組んで聞くリュミエールも、ちゃっかり俺の分の紅茶をすすりながらソファに座るアルエットも……。その言葉に聞き惚れていた。

「そんなわたくしの悪夢を取り除いてくれたのが、カーライル様なのです。光る拳と逞しい四肢が舞うように閃き、光をもたらしてくれました。わたくしの……恩人なのですよ」
「はぁ……あのおっさんがねぇ……」

俺に、美女が優しく声をかける。

「貴方は……あの頃のカーライル様にとても似ておられます」
「いまいち嬉しくない比喩だな、それ……」
「そうですか? わたくしはあの方以上に純粋で美しい心を持ったお方は知りませんよ」
「純粋といえば純粋だろうけど……。どっちかと言えば体育系だし……」
「ふふ、そうでしょうか……?」

美女が小さく笑い、俺を見た。
深く吸い込まれそうな琥珀色の瞳が俺を射抜く。

「貴方はチカラの使うべき方向を知っていますね」
「え……?」
「それはとても美しく、そして尊いモノです。どうかお忘れなきように。貴方が選ぶ道は、正しい道ですよ」
「それはどういう……」

俺の問いは美女に届かなかった。
俺の口がそっと、美女の白く細い指で遮られたから。

「未来は知るものではありません。自ら選ぶ道なのです。それは創造主が人に望んだたった1つの制約……月は全てを知ってもなにもしない、残酷な存在なんですよ」
「月精霊の叙事詩のことか……?」
「そう……。でも月は気まぐれに、闇夜を明るく照らす事があります。それはたった1つの奇跡……。大事になさい。起こらないのが奇跡でもあり、起こるのもまた、奇跡なのですよ?」

美女が優しく微笑み、俺を、ミルフィを、そして魔女っコ達を見る。
俺たちはなにも言葉を発せずに、ただその神々しいまでの笑みを眺めていた。

「……だから僕は言ったんですよ、どうせならご飯を食べてから行きませんかって~」
「それでは間に合うモノも間に合わなくなるではないか」

美女の言葉が途切れると同時に、今度は玄関から、非常にやかましい声が届いた。

「スマンな少年、飯時に間に合わなかった、できれば早急になにか用意してくれると非常に助か……うおおおっ!?」
「そうそう、速やかに美味しいご飯を用意してくれたまえよ、少年……って、げげげっ!?」

リビングの扉が開くと同時に、いつものむさ苦しい頭の巨漢と、存在自体がむさ苦しい白い生き物が顔を覗かせ……そのまま硬直する。

「な、ななな、なななななななんでアナタがここにっ!?」
「というか、僕急用を思い出しましたので、あとはマスター、よしなに……」
「ま、待て、ジョルジュ、待つんだ! 私を1人にするな!!」
「ぐえ、ま、マフラーを引っ張らないでください~」

見事なまでに狼狽える2人を見て、おかしそうに笑う美女。

「相変わらずですね、カーライル様。その子がアナタの新しい従者なのですね」
「う、うむ……ジョルジュという……というか、なぜここに来たのだ?」

だらだらと脂汗を流すおっさんに、美女が顔を赤らめ、恥ずかしそうに言う。

「愛しい貴方にお会いしたくて、飛んできたに決まっているではありませんか」

「「「「「え、ええええええええええっ!?」」」」」

アルエットを除く魔女っコ全員が同時に叫ぶ。むろん、俺も。

「ま、まて……なぜそうなる? わ、私は別に、そんな気は毛頭……」

動揺しまくりジョルジュの首を絞めるおっさんに、美女が追い打ちをかけるようにしなだれかかり、分厚い胸元にのの字を書く。

「あの夜の情熱的な貴方の吐息……未だ忘れられませんわ」
「ま、まて、そんな誤解を生むような言いまわしは……ぐおっ!?」
「おっさん、どーいう事だ!? なんてうらやまし……もとい、淫らな事を!!」
「ごっ、誤解だ!!」
「ねぇねぇ、それってどーいう意味っ? もしかして2人は……きゃ~~っ♪」
「み、ミルフィちゃん、そう言うコトは本人に内緒でこっそり聞かないとっ♪」
「な、なにを言っているのだ、私は別に……」
「あんなコト言ってますよ、リュミエールさん~?」
「まったく、男なら言い訳せずにちゃんと責任取りなさいよねっ!」
「責任もなにも、誤解だと何度言えば……」
「……らぶらぶ」
「アルエットまで……」

美女の爆弾発言と共に、興味津々な魔女っコ達+俺に詰められ、狼狽するおっさん。
それを見て、おかしそうに笑う美女。

「とっ、とりあえず向こうで話そうっ、ここではやかましくて仕方がないっ!」
「わたしくはここでもかまいませんが」
「私がかまうのだ! む、向こうに行くぞ! そうだ、テラスに行こう! というか、頼む、先に行っててくれ……」
「あらあら、仕方がありませんわねぇ」

美女の肩を掴み、げっそりとしながら、リビングから追い出すおっさん。
そのまま、疲れ切ったようにソファに座り込む。心なしか、自慢のアフロが小さく見える。

「う、ううむ……ま、まさか彼女がここまで来るとは……」
「知り合いなんだろ? もっと優しくしてやればいいじゃないか」
「知り合いといえば知り合いだが……少年が考えているような関係では、断じてないぞ」

おっさんは、ずれたサングラスを直して俺たちを見る。

「彼女は傍観者だ。自身が……優秀な予言者で……そのために決して表舞台には出てこない。決して人と接すことなく、ただ1人暗き神殿で眠るだけの存在なのだ」
「それは、なぜなんですか~?」
「うむ……それは、彼女は人の心を覗くチカラを持ち、過去も未来も、そして運命すらも『詠む』事ができるからだ」
「というコトは……わたしたちの心の中も読めちゃうワケ?」
「彼女がその気なら、だがな。だが、常に気を張りつめていないと、無意識のうちに未来を詠んでしまう。だからこそ……ここに来るとは思わなかったのだが……ともかく、話をしてくる」

年寄り臭く重い腰を上げるおっさん。
そんなおっさんに、俺はからかい口調で声をかけた。

「おっさん」
「ふむ、なんだ、少年?」

「結婚式には是非とも呼んでくれ。俺たちも特別に祝ってやるよ」
「……そんなものはない」

「まったく……イタズラにも度が過ぎますぞ? 少年達の誤解を、あとでどう解けばいいものか……」

誰も入れないように幾重にも結界を張ったテラスで、男はため息をつきながら、涼しい顔で紅茶を飲む美女を見る。

「いいではありませんか。わたくしはただ、懐かしい顔を見に来ただけなのですから」
「それ以外の意図を感じたのは気のせいなのか?」
「気のせいです」

紅茶に口を付けながら、美女がウィンクをする。
そんな美女を見て、カーライルの表情も優しく変わる。

「……まったく。アナタは全然変わらない。いつまで私を振り回せば気が済むのだ?」
「好きな殿方の気を引く当然の行為ですわ。ただでさえ貴方様は、おモテになるのですから」
「もう、昔の事だ。あの頃を知るものはもう、残っていない。私と……アナタくらいだ」
「……………………」

美女はなにも言わずに、カップを置いた。

「カーライル様……わたくしは……」

美女が辛そうな瞳でカーライルを見る。
そんな美女の肩をぽんと叩き、カーライルは窓から差し込む光を見つめ、目を細めながら言う。

「傍観者は、傍観者であるべきなのであろう……?」
「しかし、わたくしは……」
「アナタがここに来たことで大体察しはついている。しかしそれは無用の事……それが運命なら、従うのもまた人に定められた事ではなかったか?」
「……わたくしはただ、貴方が心配なだけです……」
「気持ちだけ、頂いておく」
「…………………………」
「もう少し信じてみぬか? 人を、我らを、クロウフォードの弟子を、5人の魔女を……。かつて世界の命運を担った者達と同じように……」
「……月詠とは、不便なチカラです」
「む……?」
「全てを知り、全てを理解することができても、それは所詮、他人の事。自らの関わる運命は、見えぬのです……」
「…………………………」
「先の大戦では、介入しなければ世界は滅ぶ事を知っておりました。それにより起こる未来も、悲劇も、全て承知で……」
「皆まで言う事はない……」
「矛と盾を貸し与えても、それは必ず砕ける事も知っていました。貴方様が……苦しむ事も、知っていました……」
「もういい、止めるのだ……」
「わたくしは……チカラの使い方が分からないだけなのです……だから悲劇を生み、憎しみを生む……いっそ、滅んでしまいたいとも思う……」
「止めるんだ、ミーナ……」
「その名でわたくしを呼んでくださるのは、カーライル様、貴方だけです……」
「ミーナ……わが古き友よ……」
「やはり……友なのですね……貴方の心にはまだ、フロイハイムの娘が居続けるのですね……」
「……すまぬ」
「いいえ、カーライル様。わたくしは分かってしまうのです……。わたくしは月を詠む者にして、傍観者……。1人でいる事が定めなのですから……」
「ミーナ……」
「ただ、今だけ……今だけは……その胸で泣いてもよろしいですか……? 永劫の闇の中で眠りに就くまでの刹那の願い……聞いてくださいませんか……?」
「……………………すまぬ」

カーライルが絞り出すように、そう言葉にする。
ミーナと呼ばれた美女は、未だ肩に添えられた大きな掌に自身の掌を重ね、少しだけ小さく、こう口にした。

「……いつまでも、お慕い申しております」
「む、なんだ?」
「いいえ、大したコトではありません……ときに、そろそろ従者を放してあげないと、大変な事になりますよ……?」
「む……? む、むおおおっ!? じ、ジョルジュ、ジョルジュ~~~っ!?」

美女に言われて右手で掴んだソレを見て、カーライルが慌てたように叫ぶ。
そんなカーライルの頬に、いつの間にか立ち上がった美女が優しくキスをした。
その頬に流れる涙を隠そうともせずに。

 

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