窓の縁に寄りかかり、無言で外を見つめる。
屋根から落下した水滴が地面にぶつかり、何度も何度も跳ね返る。
周囲に音が広がり、部屋中を満たしていく。
「止まない雨は、無いんだよね……」
誰かが、そう言っていたけれど……。
雨は、嫌い。
ううん……雨そのものが嫌い、というわけじゃない。
でも、私は雨女だから。
私がなにか行動しようとすると、いつも雨が降った。
あの日も雨が降っていた。
家族が壊れそうになった日。
義兄さんが姿を消した、その数日後の事。
雨が降る度に思い出す。
「文緒。貴方なにか、彼のこと知らない?」
「彼って……義兄さんのこと?」
「他に誰がいるって言うのよ」
「………………」
「文緒は彼のお気に入りみたいだったから、何か知ってるんじゃないかと思って」
辛辣な物言いをしてきた姉さん。
複雑な表情をしている、お父さん、お母さん。
それに対して、なにも言うことが出来なかった私──
「文緒さん、お茶が入ったよ? 営業会議だって」
後ろからの声で、はた、と我に返る。
振り返るとそこには、ルームメイトの姿。
元気で明るい、私の友人。
「淳……ありがとう」
「え? ど、どうしたの、突然」
「ううん、なんでもない……今行くね」
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ホテルの食堂。
「んじゃあ、これから営業会議を始めようか」
テーブルの周囲には三人。
私の他に、淳と、友希乃さん。
友希乃さんは、私のおばさん。
……おばさんって言うと、怒るけれど。
「それじゃあまずは淳ちゃんから、今月の反省」
「ボクですか? ん〜と……」
それは、お茶とお菓子を囲んでの、月に一度の話し合い。
会議っていう名前の、歓談。
──窓の外では、まだ雨が降っている。
その人は、私の家庭教師だった。
知的で優しい、年上の男性。
しばらくして姉と結婚し、義兄となった人。
その人に想いを寄せてなかったと言うと、嘘になる。
そんな義兄さんが、ある日突然、姿を消してしまった。
誰にも、何も連絡なく。
夫婦のはずの姉さんにすら、なにも知らせることなく。
突然、消えてしまった。
だから姉さんは、私を責めて……
姉さんは、私の気持ちを知っていたから。
「貴方が彼と連絡を取っていたら……私は文緒を、許せない」
私は何も知らなかった。
義兄さんがいなくなった理由。
姉さんが私を責めた理由。
でも、未だに義兄さんを想っていたのは……事実だから。
だから私は、あのとき、何も言うことが出来なかった──
その日以来。
雨が降ると、その場面を思い出すようになった。
だから私は雨が嫌い。
嫌いな自分を、思い出しちゃうから──
「お皿は割らないのが常識っと……まぁいいや。じゃあ次は文緒!」
「…………」
「文緒さん? 次、文緒さんだって」
「えっ……あ……は、はいっ」
肩を揺さぶられて“こっち側”に戻ってきた。
今日の私……どうにかしてる。
やっぱり、雨が降ってるから?
「うーん……文緒、風邪? なんかぼーっとしてるけれど」
「さっき部屋に呼びに言ったときも、こんな感じだったんですよ」
「あ、え。だ、大丈夫です」
「調子悪いなら休んでていいよ。女の子だもの、アノ日もあるよね」
「ちょっと友希乃さん。セクハラですよ、それ」
「別に良いじゃない、従姉で同性なんだし。それにセクハラ以前に生理現象でしょ。
あ、文字通り生理現象か。きひひ」
そこまで聞いて、ようやく話の内容が理解できた。
だんだんと顔に血が集まってくるのを感じる。
耳の先まで、かぁっと熱くなる。
「そ、そんな、そんなことないです! だ、大丈夫です!」
「ん〜、じゃあ、つわり?」
更に追い打ち。
瞬間、頭の中がこんがらがっちゃって、なにも考えられなくなってしまう。
わかっているのに、抑えられない。
直したいと思っているのに……慌ててしまう。
「つ、つわ!? そうなの文緒さん!? えっと、まずはレモン!?」
「ち、違います! 違うんです! そ、そんなこと言っちゃダメなんです! お巡りさんがきちゃいます!」
そんな私を見て、笑っている友希乃さん。
笑ってる友希乃さんを見て、呆れたような顔の淳。
二人のその顔を見た瞬間、少しだけ雨が収まったような気がした。
まるで、雨の中に立っていたら、頭上に傘を差し出された時のよう。
つい、微笑みがこぼれる。
まだ……顔が熱いけれど。
「今日の文緒は照れたり笑ったり、器用だねぇ」
「え? あ、あれ? なんで文緒さん笑ってるの?」
「……ううん、なんでもないです」
「でもまだ顔赤いよ?」
「う、うん」
私の心の雨は、まだ止まない。
でも、雨をしのげる軒先は、見つけたのかもしれない。