はぁ〜、まったく、やんなっちゃうよな〜。
 思わず砂浜まで駆けてきちゃったけれど……。
 みんなで好き勝手言ってさ……オレの事なんか、どうでもいいのかな……。
 ため息が出てしまう自分が、どうしょもなく腹立たしい。


 その一。
 事の始まりは、今日の昼頃。
 オレは喜び勇んで、全力疾走で家に帰ってきたんだ。
 だってさ、すげぇ事があったら、誰かに知らせたくないか!?
 だからもう、とにかく家族とかに知らせたくて、急いで帰ってきたわけ。
 そして木戸を開けて、挨拶と同時に、
「かあちゃん、ただいま! オレやったよ!」
 って言ったんだけれど……
「ああ、おかえり。って、今度はどこの備品を壊したんだい!? これ以上やったら承知しないってかあちゃん言ったろ!?」
「ち、違うって! そのやったじゃなくて、オレ国体の選手候補に選ばれたんだよ! 水泳で!」
「凄いじゃないか! あ、でもまずは店を手伝っておくれ。今日は珍しく忙しいんだから!」
 ……なんて、言われたんだ。
 そりゃまぁ、いつもそういうことは言われてることだけどさ。
 なにもこういうときにまで、同じこと言わなくてもいいと思わないか?
「まったく、少しは聞いてくれても良いだろ……手伝うよ! 何すればいい!?」
 結局そのときの話は、うやむやになっちまったんだけれど。

 その二。
 さっきの事を、兄貴達にも話したんだ。
 最近、兄貴達は忙しくってさ……なかなかみんなが集まるときが無いんだ。
 でも今日は夜にみんなが帰ってくるからって、すっげぇ楽しみにしてたんだぜ?
 それで……飯の時。
「選手か……一度脱落してしまうと、世間の風当たりはきついぞ」
 って、一番目の兄貴。
 一番目の兄貴は昔、オリンピックの選手候補だったんだ。
「水泳も良いけどな、ちょっとは女らしくしてみたらどうだ? 年頃なんだし」
 次に、二番目の兄貴。
 二番目の兄貴は、大学野球の選手。
 最近はマネージャーと付き合ってるとかなんとか言ってたけれど、どーでもいいや。
「そうだねぇ、料理の一つでも覚えて民宿を手伝ってくれれば、もっと楽になるんだけれどねぇ」
 これはかあちゃんの言葉。
 かあちゃんはいつもこれだよ……手伝ってるっての。
 それに料理だって、焼きそばなら自身あるぞ?

 なんというかさ……みんなの言いたいことはわかるんだよ。
 だってそれって、学園に入ってから言われ続けてきた言葉だからさ。
 もう耳にタコができるくらいに聞いているわけ。
 でもさ、なにもこういう時にまで同じことを言わなくてもいいだろ!?
 それともさ、国体の選手候補に選ばれる事って、実はそんなに凄くないことなのか?
 浮かれてるのって、オレだけ?
 夕食もエビフライじゃないし……
「輝、食事中に席を立つんじゃない」
「ごちそうさま! 海!」


 ──そして今。
 オレはなんか、わけがわからなくなっちゃって、飛び出しちゃったんだっけか……。
 気が付いたら、海に来てた。
 夏になると、ここは海水浴で賑わうんだぞ。
 まだその時期には早いけれどな。
 ……何考えてんだ、オレ。
「ふぅ……」
 ほら、またため息だ。
「まったくみんな……勝手過ぎるんだよ……」
 女らしくして実家を手伝え、って……今更言われてもなぁ。
 じっちゃんもばっちゃんも昔から、元気が一番、って言ってくれたのに。
 父ちゃんだって、元気にはしゃいでたら、喜んでたじゃないか。
 それなのに……今はなんだよ。
 せめて……選手に選ばれたことくらい、喜んでくれたって良いだろ!?
 大体、兄貴に追いつきたくって水泳を始めたってのにさ……。
 その兄貴から突然「女らしくしろ」とか言われても、無茶だよ……。
 ………………。
 砂山を掘ったり崩したりしてた手を叩いて、立ち上がった。
 上着のチャックを下げて脱ぎ捨てると、その下は水着。
 海の家の手伝いを始めてから、夏になると、この格好に着替えるようになったんだ。
 この水着、母ちゃんが選んでくれたんだよな……。
 母ちゃん、あんなこと言って……。
「あー、もー! やめやめ! 考えるのやめ! オレにはこんなの似合わない!」
 そう、ウジウジしてるオレなんて似合わない!
 やっぱり元気なのがオレだよな! うんそうそう!
 女らしくなるのは、国体が終わってからでも遅くないし!
「よーし、帰ったらそう、母ちゃんにでも話すか!」
 これって独り言っていうんだっけ?
 まぁいいや、そんなこと。
 一泳ぎしてさっぱりしたら、母ちゃんに言ってやろう。


 国体が終わるまで……オレはオレのままなんだって!