学園の帰り道。
いつも通り馴れているはずの、駅前の商店街。
でも今日は、その場所すら特別に思えました。
なぜなら! 私の隣には今、若葉ちゃんがいるからなのです!
ああ、あこがれの若葉ちゃんとの登下校……それはまさに、禁断の扉への道のり……。
……っとまぁ、冗談はこのくらいにしておくとして。
「若葉ちゃん、今週は犬型のパンみたいですよ?」
「ほんとだ、可愛いよね、犬。なんの種類かな?」
「でもそう考えると、なんか食べるの、気が引けちゃいますね」
「あ、そっか」
とにかく今日の私は、嬉しかったんです。
だって、若葉ちゃんのことは昔から目をつけて……じゃなくて、好きだったんですから。
そんな若葉ちゃんと、初めて一緒に帰ることが出来たんですから。
女同士の友情、ってありますよね?
じゃあ女同士の愛情、っていうのがあっても良いと思いませんか?
若葉ちゃんをはじめて見たのは、ボランティア授業の時でした。
ウチの学園って、授業と称して月に数度、ボランティア活動をしているんですよ。
彼女を見たのは、その時。
最初はもちろん! その麗しの外見に惹かれましたよ!?
人間は中身が重要って言っても、やはり中身を知る前に外見が視界に入るじゃないですか。
中身を知ってもらうための“外見”も、やはりある程度必要だと思うんですね。
その点、若葉ちゃんは最高にステキだったんです。
可愛くて儚そうで、健気におじいさんのお世話をするその姿!
まさに天使! この葎華ちゃんのツボに直球ストライクだったわけです!
その日以来、若葉ちゃんに興味を持って、学園内を徘徊するようになりました。
若葉ちゃん可愛いなー、お近づきになりたいなーって。
その時はまだ名前も知らなかったんですけれどもね。
隣のクラスのコネとか、フル活用したんですよ?
わざわざ若葉ちゃんが選考するボランティア授業とか、調べたりもしたんですから。
その甲斐あって、やっと! やっとここまで! 一緒に下校するまで!
若葉ちゃんと仲良くなることが出来たんです!
……あ、でもこれって、一歩間違えるとストーカーかな?
まぁ、嫌がるようなことはしてないはずだし、大丈夫ですよね。
というわけで、今日の私は大喜び。
若葉ちゃんと帰れるだけで、ついつい浮かれてしまっていました。
それはまるで、初デートをする中学生みたいな心境。
「若葉ちゃん、ぬいぐるみキャッチャーですよ、ほら!」
「これ、難しいよね? 一回もとれたことないんだ」
「よーし。若葉ちゃんの為に、どれか一つ取っちゃいましょう!」
「え、と、とれるの? これ凄く難しいよ?」
「ふっふっふ、任せてください。こう見えてもあたし、こーゆーの得意なんですから!」
でもその日、あたしは……若葉ちゃんの別の一面も見ることになったんです。
その日の帰り道。
「ホントにいいの? 貰っちゃって」
「もちろん! 100円しか使ってませんし……
それに愛しの若葉ちゃんのためなら、あたし自身すらあげちゃいます!」
「あ、あはは……それは遠慮しとくかな……」
「もう、遠慮しなくても全然いいのに……」
「葎華ちゃん……どこまで本気だかわからないよ」
「あたしはどこまでも本気ですよ?」
他愛ない話で盛り上がりながら、公園内を通って帰っていた時のこと。
「あ……」
地面の上にあるソレを目にしたとき、思わず足が止まってしまったんです。
それはまるで、さっきゲームセンターで取ったぬいぐるみのように、冷たくて動かないもの。
子猫の……遺体。
そして、それを目にした瞬間、あたしの頭の中に信号が流れたんです。
──ここは、可哀想って思うところ──
可哀想と思うよりも先に、そういう信号がとっさに頭に流れちゃって。
猫を可哀想と思うよりも、そんな考えをしてしまう自分に、突然嫌気が差してしまったんです。
それは周囲からすれば一秒にも満たない、短い時間だったんですけど。
発作みたいに、途端に立ちつくしちゃって……。
「これ持ってて」
そんなあたしの硬直を溶かしてくれたのが、若葉ちゃんでした。
さっき取ってあげたぬいぐるみをあたしにパスして、その子猫の所に駆け寄ったんです。
あたしもそれにハッとなって、ぬいぐるみを抱えたまま、若葉ちゃんに駆け寄りました。
そして……
「死んでる……」
「死んじゃってる、んですか……可哀想……」
「かわい、そう……?」
「……え?」
「猫、埋めてあげないとね……」
「え? あ……そ、そうですよね……埋めてあげなきゃ……」
そんな言葉を発する若葉ちゃんの横顔を見て、ドキリとしたんです。
だってその顔は……昔のあたしの顔にそっくりだったから。
泣きたくても泣けないような顔。
それはまるで、自分の“内側”のような表情。
あたしね……本気で泣くことが出来ないんです。
昔からちょっと……色々とありまして。
泣くだけじゃなくて、色々なことを、本気で思うことが出来ないんです。
さっきみたいに、思うよりも先に、頭がそういう信号を出すんですよね。
ここは泣く場面だ、ここは怒る場面だ……みたいな。
若葉ちゃんの横顔が、そんなあたしと重なったからでしょうか。
なんか、ちょっとショックを受けちゃって。
今まで若葉ちゃんって、可愛くて健気な娘、って印象だったのに。
もしかしたら、凄く暗い“何か”を持っているのかもしれない……。
でもね、その時思ったんです。
もしかしたら、若葉ちゃんって、あたしと同じなのかな?
難しい言葉で言うのなら、同族意識、でしたっけ?
そんなものを抱いちゃったんですね。
女の子を好きになってしまって、その女の子が可愛くて。
しかもあたしと似たような面を持ってるかもしれない。
不謹慎かもしれませんけれど、嬉しくなっちゃったんです。
だから……公園の角に猫を埋めたあと。
「若葉ちゃん……若葉ちゃん……?」
「え、あ……ごめんね、ぼーっとして……ん、これでよし……」
「若葉ちゃんは、優しいですね」
「そう、なのかな……」
「……あたしは、そんな若葉ちゃんのこと、大好きですから」
「えっ……ど、どうしたの、いきなり?」
「ふふふ……何でもないです。それではまた明日、学園で!」
「あっ……う、うん、またね!」
その“好き”は歪んだ“好き”かもしれない。
いつもクラスメートに言っている“好き”と同じように取られるかもしれない。
でも、好きなことには変わりないから。
だから思い切って、言っちゃいました。
まるで異性に告白するような、想いを込めて。