前略、お兄ちゃんへ。
 淳は今日も元気です!

 さっきまでボクは、窓の外の夜景を眺めていました。
 そうしたら、なんだか昔のことを思い出しちゃって……。
 昔のことって言っても、お兄ちゃんとの思い出に比べれば、新しい方なんだけれどね。
 でもそれも、ボクにとっては大切な思い出なんだ。
 今日は、その頃のお話を書きます。
 ボクがこうして、このホテルで働くことになった日の事を……。



 その日、ボクは帆樽の街を訪れていました。
 お父さんと、お母さんと、そして、お兄ちゃんと暮らした……思い出のある街。
 その街にある学園に、入学手続きをしに来ていたんです。
 ボクはこの帆樽が大好きで、ずっと前からこの街に住みたいと思っていたんだ。
 それで、学園の寮なら安いだろうし、そこを借りて住めたらいいな……って。
 そんなことを思っていたんです。

 でも……。
 入学手続きをしにいったら、寮はもう全室一杯で、がっくり。
 それで気分転換に、思い出のホテルを探してみたんだけれど……
 あっ、お兄ちゃん覚えてるよね? 思い出のホテル。
 家族みんながバラバラになっちゃった、最後の日に泊まったホテル。
 それを探して、あちこちを歩いてみたんだけれど……
 結局それも見つからなくて、さらにがっくり。
 その日は朝から不幸の連続だったんです。

 この建物を見つけたのは、そんな事があって、落ち込んでいるときでした。
 思い出の場所とは違うけど、雰囲気が似ている建物。
 なんだか、凄く懐かしいような気がして……。
 看板にはホテル川端、って書いてあるから、ホテルなのかな?
 ホテルなら、レストランとかあって、食事とか出来るんだよね……?
 丁度お腹も空いたし、せっかくだからちょっと寄って、ご飯でも食べようかな。
 そう思って、ボクはこの建物に入ったんです。

 でもその日は、朝からついてなかったから。
 それは、このホテルでも例外じゃありませんでした。

 その日は、お財布や携帯を全部、バッグの中に入れていたんです。
 でも気が付いたら……手元にバッグがなかったの。
 それに気が付いた時には、もう目の前のお皿は空っぽで。
 ボク、すっごいパニックになっちゃったんだよ。
 お店でご飯を食べたら、お金を払うのは当たり前。
 なのにお財布がないなんて、それって“食い逃げ”って言うんだよね!?
 そんなことが学園に知られちゃったら……入学前に退学!?
 もう頭の中は大混乱。

 そんな時に声をかけてくれたのが、友希乃さんでした。
 あっ、友希乃さんって前の手紙にも書いたよね?
 このホテルのオーナーさんなんだ。
 そのときはもう、焦っていてそれどころじゃなかったんだけれど。
「なるほど〜。ふふ〜ん、やっぱりそうだったんだねぇ」
「えっ……やっぱり、って?」
「だってあんた、食堂に入ってきたときに手ぶらだったじゃない」
「そ、そうだったんですかっ!?」
「まぁ、それがわかった上で料理をお出したんだけれどねぇ」
 そんな会話をしたのを覚えています。
 思い返してみると、あの時の友希乃さんはすっごく意地悪だったような……。
 ううん、意地悪じゃなくて、からかわれた、かな。

 でも友希乃さんは、からかってきたけれど、怒ったりはしませんでした。
 実は凄く優しい人だったんです。
「網走の夜は寒いわよ?」
「えっ、でもあそこは閉鎖されたんじゃ……」
「地下はまだまだ現役」
「地下ってなんですかっ!?」
「さぁねぇ? 行って確かめてみる?」
 ……初対面から、こんな会話をする人だったけれど。

 あ、これじゃあまるで、ホテルじゃなくて、友希乃さんの紹介みたいだね。
 でもこのホテルのオーナーは友希乃さんだし、別に問題ないかな?

 友希乃さんは、ボクの話を凄く親身になって聞いてくれました。
 ボクもなんだかとっても話しやすくて、いろんなお話をしたんだよ。
 お父さんやお母さんのこと、お兄ちゃんのこと、この街の思い出。
 それに、丘の上のホテル……その近くにある教会で、お兄ちゃんと約束したこと……。
 友希乃さんはその1つ1つを、表情をコロコロ変えながら聞いてくれました。
 そしてお話のあと……
「ここから学園に通えば? ウチの姪っ子も、春からあそこに通う事になってるしね」
「え!? で、でも、そんなお金、たぶん無いと思います……
牧場ってそこまで儲かるわけでもないみたいだし……」
「そりゃ、あたしも長年北海道に住んでるんだから、そのぐらいは察してるわよ」
「じ、じゃあ、なんで……?」
「このホテル、人手が足りなくてねぇ……三食屋根付き昼寝付き、別途アルバイト料支給。
どう? 悪くない条件でしょ?」
 ……って、言ってくれたんです。

 そんなことがあって、ボクは今、この街で暮らしています。
 家族の思い出が詰まった街……帆樽の街で。
 昔の思い出を暖めながら、新しい思い出を作っています。

 淳はお兄ちゃんに会えるまで頑張ります。
 だからお兄ちゃんも、いつか会いに来てね?
 そしてまた、家族みんなで、この街で暮らせるといいな。

 明日は、友希乃さんの姪御さんの、文緒さんの話を書きます。
 今日はちょっと、眠くなってきちゃって……ゴメンね。

 それじゃあ……お休みなさい、お兄ちゃん。
 淳より。草々──