学園からの帰り道。
 少し遠回りして、駅前の商店街を通る。
 目的もなく歩いてお店を眺めたり、おしゃべりをしたり。
「若葉ちゃん、今週は犬型のパンみたいですよ?」
「ほんとだ、可愛いよね、犬。なんの種類かな?」
「でもそう考えると、なんか食べるの、気が引けちゃいますね」
「あ、そっか」
 これって寄り道、って言うのかな?
 学園の帰りに、駅前に来たのは初めて。
 ううん。友達と一緒に来たのは、かな。
 今までは、そういう友達がいなかったから。
 自分から……遠ざかっていたから。

 学園ではなんとなく、みんなの“輪”に入ることが出来なかった。
 テレビの話題や、本のこと、恋愛のこと。
 そういう話に疎かったせいもあるけれど。
 でも、それだけじゃなくて……。
 なんとなく、その輪に入ってはいけないような気がした。
 みんな仲良くしてくれているのに、でも、一緒にいちゃいけない。
 自分の気持ちとは関係なく、どこかでそんなことを思っていた。

 でも……
「若葉ちゃん、ぬいぐるみキャッチャーですよ、ほら!」
「これ、難しいよね? 一回も取ったことないんだ」
「よーし。若葉ちゃんの為に、どれか一つ取っちゃいましょう!」
「え、と、とれるの? これ凄く難しいよ?」
「ふっふっふ、任せてください。あたし、こーゆーの得意なんですから!」
 葎華ちゃんに対しては、そんな気持ちを持たなかった。
 ボランティアの時、初めて見たときから。
 なんか、凄く……似てるなぁ、って。
 外見とか性格とか、まるっきり正反対だったのに。
 ただ漠然と、似てるって……親近感っていうのかな、これ。
 でもそのおかげで、葎華ちゃんと私は、仲が良くなったのかもしれない。
 はっきりとした理由は、今でもわからないけれど。
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 葎華ちゃんと並んで、公園を歩く。
 私の腕の中には、犬のぬいぐるみ。
 さっき葎華ちゃんがとってくれた物。
「ホントにいいの? 貰っちゃって」
「もちろん! 100円しか使ってませんし……それに愛しの若葉ちゃんのためなら、あたし自身すらあげちゃいます!」
「あ、あはは……それは遠慮しとくかな……」
「もう、遠慮しなくても全然いいのに……」
「葎華ちゃん……どこまで本気だかわからないよ」
「あたしはどこまでも本気ですよ?」
 明るい葎華ちゃんを見ていると、不思議と元気が沸いてくる。
 まるで私、葎華ちゃんから元気を貰ってるみたい。
 昔、楓お兄ちゃんから色々な気持ちを貰った時みたいに。
 葎華ちゃんからも、なにかを貰っているような、そんな気がする。
 こういうのが、友達、っていうのかな?
 うーん、ちょっと違うかな……。
「あ……」
 そんなことを考えていた時だった。
 不意に、葎華ちゃんの足が止まる。
 少し先の、下を見ている。
 その視線の先──地面には、子猫。
 遠目からでもわかるくらいに、不自然に横たわっている。
「これ持ってて」
「あ、若葉ちゃん!?」
 ぬいぐるみを渡して駆け寄ってみるけれど……もう冷たい。
 お腹が動いてないし、口元に血が付いている。
 なにより……体が冷たくて、硬くなってしまっていた。
「死んでる……」
「死んじゃってる、んですか……可哀想……」
「かわい、そう……?」
「……え?」
「猫、埋めてあげないとね……」
「え? あ……そ、そうですよね……埋めてあげなきゃ……」


 可哀想……。
 かわいそう……。
 死ぬことは、かわいそうなこと、だよね……。
 かわいそうなことは、悲しいこと。
 じゃあ、死ぬことが、悲しいと思えない私は……。
 やっぱり、心が壊れてるのかな……?

 私はお母さんの顔を覚えていない。
 お母さんは、私が小さい頃に交通事故に遭って、死んでしまった。
 そのとき私は、お母さんと同じ自動車に乗っていたというけれど……。
 それすら覚えていない。
 だって、お母さんの記憶は……最後の涙と一緒に、流れていってしまったから。
 心の中の“大事な何か”と一緒に、消えてしまったから。

 だから私は、お母さんの顔を覚えていない。
 だから私は、泣くことが出来ない。


 そんな人って、たぶん私だけだから。
 だからみんなと一緒にいちゃいけないって、思うのかもしれない。
 葎華ちゃんとも、一緒にいちゃいけないのかもしれない。
 だって私は、変な人だから……。
 死ぬことが、悲しいって思えないんだから……。
「若葉ちゃん……若葉ちゃん……?」
「え、あ……ごめんね、ぼーっとして……ん、これでよし……」
「若葉ちゃんは、優しいですね」
「そう、なのかな……」
「……あたしは、そんな若葉ちゃんのこと、大好きですから」
「えっ……ど、どうしたの、いきなり?」
「ふふふ……何でもないです。それではまた明日、学園で!」
「あっ……う、うん、またね!」
 そんな考えが、顔に出てたのかな……。
 葎華ちゃんに突然、好きだって言われちゃった……。
 私、元気づけられたのかな……。

 でも……私の“変な部分”を知ったら、葎華ちゃんはどう思うだろう。


 その考えは、夜……お布団に入っても消えることは無かった。