「あら、光ちゃんお帰り、こんな時間に散歩?」
「いえ、ちょっとコンビニにノートを買いに‥‥伊吹さんこそ、どこかにお 出かけですか?」
「まあ、似たようなものかしら。ほら、今日って満月じゃない、だからそれを肴に一杯飲もうかなって」
「ああ‥‥お酒ですか」
「そーいうこと、どう、光ちゃんもつき合わない? っていうかつき合いなさい、参加拒否は受け付けないわよ」
「ハァ〜‥‥程々にお願いしますね」
「任せときなさい、私が度を越して飲ませると思ってるの?」
「思ってます‥‥」
「あらら、身も蓋もない‥‥まあ、今日はちゃんと善処するわよ」
「お願いしますね‥‥」

私、雪桜 伊吹(ゆきざくら いぶき)○○歳、ここ『すめらぎ』の美人で 優しい大家さん。
数年前に旦那に先立たれて以来女手一つで切り盛りしてき た優れもの‥‥てへっ♪ てへっじゃないってーの‥‥なにやってんだか、私も(苦笑)
まあ、なんていうのかしら、今でこそ大家なんてやってるけど、私にだって 色々あったのよね‥‥ あれは私が花も恥じらう高校生の時だったわ、運命の出会いって言うほど大げさな物じゃないけど、あの人と出会って恋に落ちて結婚して‥‥ 私も若かったわね、思いこんだらどこまでもーだったんだから。
でも、確かにあの人しかいなかったって今でも思えるから、後悔とかそんなものは微塵もないんだけどね。

元々すめらぎは、あの人の持ち物で大家なんかやっいて、私はそのお手伝いをする程度、その当時の住人はもう誰もいないけど、みんな気のいい人達ばかりで本当の家族のようでバカなことも沢山して毎日が楽しかったわ。 まあ、今の住人達もそれに負けず劣らず個性豊かで濃いメンバーばかりなん だけど‥‥とにかくここで多くの想い出が生まれていったわ。 楽しいこと悲しいことホント沢山の想い出が‥‥

あの人が他界した時正直な話どうしようって悩みもしたわ‥‥ だって、ここにはあの人との想い出がとても沢山詰まってるからさ、なんだか辛いじゃない、どこを見てもあの人のことを想い出しちゃってさ‥‥ だけど、やっぱりここって私の家だからさ‥‥ 多くの家族の住む私の居場所だから、あの人の跡を引き継いだってわけ。 なんだか、ここがこの場所にある限りあの人も消えないような気がするし、 想い出は心の中にってね‥‥
いや〜、美しい話ね、うんうん。

「伊吹さん、どうしたんです?」
「えっ? ああ、ちょっと想い出に浸ってたのよ」
「想い出‥‥ですか?」
「ねえ、光ちゃん‥‥光ちゃんは未来ちゃんと出会った事を後悔してる? 別れの辛さを体験するくらいなら、出会わなかった方がよかったって」
「いいえ‥‥後悔なんてしてませんよ。むしろ良かったと思っています。 未来に出会ったおかげで沢山の想い出と、さくらがあるわけですから」
「そうよね、想い出は素晴らしいわよね、何物にも代え難いほど」
「ええ‥‥」

というわけだからさ、こんなにいい女に想い続けて貰えることをあの世で感謝してよね。
あと何十年かしたら私もそっちいくからさ、だから、私がいくまで浮気なんてしないでよね、それこそ地獄を見せてあげるんだから。
あはは、ちょっと酔っちゃたかしら‥‥ でもまあ、たまにはこんなセンチなのもいいかもね‥‥

乾杯、私を置いていったバカで愛おしいアナタ‥‥