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          「よかったわね椿、伊吹さんのお許しが出て‥‥これも光一さんが一緒にお願いしてくれたからですね。ありがとうございます」 
          「ううん、未来が熱心に頼んだからだよ」 
          「でも、本当によかったです‥‥もし犬を飼ってはいけないと言われていたら、この子をまたあの場所に置いてこなければいけませんでしたから‥‥」 
          「そうだね‥‥だけど、まさかあんなにアッサリ許可してくれるだなんて思わなかったよ。一言『いいわよ』だもんな‥‥」 
          「くすっ、そうですね」 
           
          数週間前、私は光一さんの奥さんになり、ここ『すめらぎ』にやってきた。ここでの生活は本当に楽しくて毎日が夢のよう‥‥ 
          それまでの私は生まれつき身体が弱いため、そのほとんどをベッドの上で過ごしていた。 
          だから、私の知っている世界は、家の中と車の窓から見える病院までの風景がそのほとんどだった‥‥ 
          だから、ここは今までの私が知らなかった世界‥‥ 
          親切で楽しい住人の方々、愛する人がいつも隣にいてくれる安らぎ、いつも笑い声に満ちあふれた世界、私はこの場所がとても好きだ。 
          ここに住む人は誰1人私に対して『病人』ではなく1人の人間として接してくれるから‥‥そんなことが涙の出るほど嬉しかった‥‥ 
          いつ訪れるかもわからない『死』に怯え震えていた今までが嘘のように、今の私は精一杯生きてみようと心の底から思えて‥‥ 
          そんな風に思えるようになった自分が少しだけ誇らしかった。 
          なによりも、そんな私に変えてくれた光一さんに感謝せずにはいられない。 
           
          「そうだ、後で椿の首輪買いに行かないとね。ここら辺にペットショップあったかな?」 
          「あっ、待ってください。首輪は可哀想です‥‥」 
          「可哀想? どうしてそう思うの?」 
          「なんだかその子の自由を奪ってしまうみたいで‥‥この世に生を受けた以上自由でいさせてあげたいから‥‥それに私にとって椿は家族の一員な んです‥‥家族に首輪なんておかしいじゃありませんか」 
          「そうだね‥‥でも、このままってわけにもいかないうよ? 僕たちの家族だっていう明確な印がないと保健所に連れて行かれるかもしれない」 
          「でしたら、これを巻けば‥‥首輪なんかよりもずっと可愛らしくて似合いますよ」 
          「スカーフ?」 
          「はい‥‥どう、椿苦しくない?」 
          「ワンワン♪」 
          「気に入ってくれたのね、よかった」 
          「ワンワン♪」 
           
          椿が小さな舌で私の頬を舐める。 
          椿を抱きしめた腕にしっかりとした重みと温もりを感じる。 
          そう、こんなに小さくてもこの子も精一杯生きているんだ‥‥ 
          生きているって素晴らしい‥‥生きているからこそ、光一さんに、そして椿に出会うことが出来た‥‥ 
          生きているからこそ幸せを感じることが出来る‥‥ 
          生まれてきたことに無意味なんて事はない‥‥ 
          光一さんに出会う前の私は死んでいたのとなにも変わらなかった‥‥ 
          だけど、今は世界が眩しいくらい輝いて見える。 
          息をしているだけで嬉しくてたまらない‥‥ 
          世界がこんなに色鮮やかだと教えてくれた私の旦那様‥‥ 
          心の底から愛しています‥‥ 
          こんなことを彼に言おうものなら、泣きながら怒られてしまいそうだけど、現実問題として私の死はいずれ確実に訪れるだろう‥‥ 
          いったい後どれだけ生きられるかはわからない‥‥ 
          だけど、生きている間は全身全霊を傾けてこの人を愛していきたい‥‥ 
          私の生を無駄にしないためにも、私が生涯初めて愛した人を‥‥ 
          素敵な未来をありがとう――― 
         
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