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          「なるほど、今回はこうきたんだ‥‥うん、面白いわね。次回の演目はこれでいきましょう」  
          「はい、ありがとうございます」 
          「お礼を言うのはこっちの方よ。いつも面白い本を書いてくれてありがとう ね。ホント紫苑ちゃんには随分助けられてるわ」 
          「そんな‥‥あまり持ち上げないでください」 
          「いいえ、本来ならウチみたいな小さな劇団じゃなくて、もっと大きなところでもやっていける力があるのに‥‥本当にありがとう」 
          「やめてください‥‥私は、私の作品を発表する場を与えてくれた美晴さんに感謝しているんですから‥‥あの時誘っていただなかったら、今の私もあ 
          りませんよ」 
          「うん‥‥まあ、とにかく今回の作品は本当にいいわね。安易な恋愛物じゃなくてテーマもしっかりしているし、相変わらず綺麗な終わり方で安心できるわ」 
          「ありがとうございます」 
          「だけど、これって誰に向けて書いたの? なんだかある誰かに対してのメッセージみたいな物を感じるんだけど‥‥気のせいかしら? まさか、好きな男でも出来た? はは〜ん、なるほどなるほど、その意中の彼氏を舞台に招待して、この作品で遠回しに告白しようって魂胆か‥‥」 
          「ち、違いますよ! そんな人いません」  
          「まあ、なんだっていいんだけどね、私は面白い本さえ書いてくれれば」 
          「そんなんじゃ‥‥」 
          「いいからいいから‥‥んじゃ、後はこっちで煮詰めるから帰ってゆっくり寝なさい、まともに寝てないんでしょ?」  
          「そうですね、そうさせてもらいます。それではお疲れさまです」  
          「はい、お疲れ」 
           
           
          言われるまで忘れていたけれど、ここ3日寝ていなかった‥‥ 
          いつもなら余裕をもって本をあげるところが、今回は前半体調を崩したり急用がはいったりと大きくスケジュールを狂わせることになり、結果らしから 
          ぬ修羅場を演じてしまった‥‥ 
          まずいな‥‥急に眠気が‥‥私って眠くなると動けなく‥‥家までもちそう もない‥‥あっ‥‥もう‥‥ダメ‥‥あそこのベンチで一休み‥‥ 
           
          春の陽気と公園の緑の香りが私の意識を遠のかせていく‥‥ 
           
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          夢を見た―――  
           
          今は亡き姉さんの夢を―――  
           
          生まれながらに身体の弱い姉さん、記憶にある姉さんはそのほとんどをベッ ドで過ごしていた。同じ年頃の子供達が楽しそうに遊ぶ声を窓から聞きながら、いつもうらやましそうにしていたのをよく覚えている。 
          だから私はそんな姉さんにもっと広い世界を見てもらいたくて、物語を書き始めた。 
          私の物語を読んで少しでも元気を出してもらいたかったから‥‥ 
          優しくて綺麗で誰からも愛される私の自慢の姉さんが大好きだったから‥‥ 
          そう、私の脚本家としての原点は姉さんにある。  
          姉さんなくして今の私はあり得ない‥‥本当に大好きだった‥‥ 
          だから、私が幸せにしてあげたいと、いつも想っていたのに‥‥ 
          結局一番の幸せを姉さんに与えたのは私じゃなかった‥‥ 
          それがとても悔しくて、どんなにあの人を憎もうとしたか‥‥ 
          だけど、あの人は姉さんを心より愛してくれたから‥‥ 
          だから、恨む事なんて出来なかった‥‥ 
          嫉妬してはいたけれど、あの人のことを認めていたから‥‥ 
          なんて嫌な人、私の大切なものを奪っていきながら、憎むことすらさせてくれないなんて‥‥ 
          だけど、いつからだろう、そんなあの人を私は‥‥ 
           
           
          「ん‥‥んんんぅ‥‥‥‥」 
          うっすらと開いた瞳にまず飛び込んできたのは眩しいオレンジ色。 
          そして遠くで鳴く鳥の声。それから少し遅れて肌寒い風が私の頬を撫でていく‥‥  
          もう夕方か‥‥いったい何時間眠っていたんだろ‥‥でも、おかげでスッキ リした‥‥ 
          そこで私は初めて気づく、私にかけられたシャツを‥‥ 
          私の横に腰掛け熱心に読書にふける人の姿を‥‥ 
           
          「義兄‥‥さん?」  
          「ああ‥‥おはよう、紫苑ちゃん」 
          「これ、義兄さんがかけてくれたんですか?」  
          「うん、暖かくなってきたと言っても、この時間はまだまだ冷え込むからね、 風邪でもひいたら大変だもの」  
          「ありがとうございます‥‥ところでえ、いつからここに?」  
          「ん〜‥‥3時間くらいかな」  
          「3時間も‥‥って、私にシャツをかけた状態で? 義兄さんの方こそ風邪をひいてしまうじゃないですか」  
          「大丈夫だよ。この本面白くてね、時間が過ぎるのも忘れちゃったから」  
          「いや、そういう問題じゃ‥‥まったく、相変わらずズレてますね」  
          「そうかな?」  
          「そうです」  
          「そんな、キッパリと‥‥」  
          「ホントおかしな人‥‥」  
           
          なんで、こんな人のことを私は―――  
           
          「そうだ、義兄さん‥‥今度、私の書いた舞台‥‥」  
          『意中の彼氏を舞台に招待して、この作品で遠回しに告白しようって魂胆 か‥‥』  
          「ん、なに?」  
          「‥‥いいえ、なんでありません」  
          「そう?」  
           
          やっぱりこの人には見せられないな、私の世界は‥‥  
          ホントの私を知られるのが怖いから‥‥  
           
          今の関係がきっとお互い一番いいのだから‥‥  
         
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