「ののーっ、何してんのー?」 「え?」 「え? じゃないよ」 「ののっちって、猫みたいにぼーっとしてる時があるよね」 「えー、あたしは猫じゃないよー」 「あ、どっちかって言うと、狸かも」 「愛嬌あるもんね、あははは」 「もー、ひどいなあ‥‥」 風が気持ちいい春の昼下がり。 天気がいいからって、グラウンドそばで前の学校から一緒の ミポリンとありさちゃんとお弁当を食べることになった。 持ち寄ったお弁当をつつき合い、最後にお茶を一杯もらって 一息ついた。 「にしても、男子元気あるよね」 「そーそー、お弁当食べた後、よく動く気になるね」 グラウンドは、結構混み合っていた。 サッカーをしていたり、野球をしていたり。 学校の昼休みにすることは、どこもあまり変わらないみたいだ。 3時限目とかの休み時間に早弁して、昼休みになった瞬間 教室を出ていく彼ら。 学食や購買の混雑とは、無縁なところがうらやましい。 「あ、槇原いるよ」 「ホントだ」 ミポリンたちが見てる方に目を向けると、同じクラスの槇原君達が サッカーをしていた。 「あいつ、プロ目指してんだよね」 「へぇ、そうなんだ?」 あたしは、素直に驚いた。 「自己紹介の時、言ってたよ」 ありさちゃんは、ちょっと嬉しそうに言う。 「また、ぼうっとしてたな、コイツー」 「だ、だってぇ‥‥‥」 「あんたのボケっぷりも健在ね」 「同じ部のくせに、なにいってんのよ」 「うわっ、や、やめてよ?!」 「結構気にしてるぞ、槇原っ」 「くっ、くすぐらないでよぉぉ‥‥‥」 ミポリンとありさちゃんに挟まれる。 逃げようとしたが、あっさりとり押さえられ、思いっきりくすぐられた。 「あはっ、あははっ、ひっ‥‥うふふふっ!? やめてぇ‥‥‥」 意外と力がある2人に死ぬほどくすぐられ、息も絶え絶えに なったとき、ようやく解放された。 「たく、ボケ山ドジ子には敵わないわね」 「ま、意識してないって事はライバルじゃないじゃん」 「‥‥はぁはぁはぁ‥‥‥‥え?」 「あんたにゃまだ、青春は来てないって事よ」 「はぁ‥‥そうなんだ」 「この子は‥‥おめでたいわ」 わかるけど‥‥‥ あたしだって、人の気持ちぐらい‥‥察することが出来る。 同じ部の槇原君とは、クラスも一緒だからちょっとは仲がいい。 でもあたしは、ミポリン達が言うような‥‥その‥‥ 恋愛感情とかは、意識してない。 何でもすぐ、色恋話に結びつけるのはちょっと勘弁して欲しい。 そういうところが、無防備だって言われるけど‥‥あたしにはなんかよく解らなかった。 芝生が制服にくっつくのも構わずに、あたしはぽふりと 地面に寝っ転がる。 雲が凄い速さで通り過ぎる空を見て、ちっぽけなことでてんてこ舞いな 自分が、本当にちっちゃい存在なんだなって思えてきた。 「ん?」 空を見上げてどのぐらいたっただろう‥‥ふと足下に何かが当たった。 「‥‥ボール」 起きあがると、サッカーボールが転がっていた。 「‥‥‥‥槇原君達の?」 スカートをはたいて立ち上がりボールを拾うと、1人こっちに走ってくる男の子が。 「あ‥‥‥」 その人は、槇原君じゃなかった。 * 「やぁ、浅葉クンおはよう」 「おはようございます、鳳センパイ」 電車を降りて、学校に向かう列に交ざって歩いていると、 横から声を掛けられた。 鳳センパイは長身なのですぐに見つけられた。 「今日は1人なのかい?」 「そのようですね」 「ま、アイツは遅刻だな」 「そうなんですか‥‥‥」 「待ってる義理もないし、先に行こう」 「はいっ」 あたしは、お供するようにちょっと後ろをついていく。 「ああ、そうだ浅葉クン‥‥‥」 振り返らずに、鳳センパイは言った。 * 「ねーねー、ののっ」 「んー?」 授業が終わって、テキストをしまってたらミポリンが どすんと前の席に座ってきた。 「今朝、鳳センパイと一緒にいたよね」 「うん」 「アンタ知り合いなの?」 「うん」 「どういうご関係?」 「うちの部のセンパイのお友達」 「ったく、うらやましいな、ののは」 「えっ? どうして?」 「意識してなくても、イイ男と知り合ってるからよ!!」 「えっ?」 「ムカつくわ、この女」 ミポリンは、あたしの頭をこづく。 「でっ、鳳センパイと何話してたの?」 ありさちゃんは、目をきらきらさせながら聞いてくる。 「この間、そうめんのつゆで天ぷらを食べたら美味しかったから 是非試してみてくれって」 「‥‥‥‥‥‥えっ‥‥‥‥‥」 「‥‥‥鳳センパイって何者?」 * 「正解は、野武士だ」 「わかるか、んなもん‥‥」 鳳センパイは結構物知りだから、話を聞いてるだけで面白い。 部活が終わって、帰ろうとしたとき‥‥センパイと鳳センパイと 出会った。 道すがら鳳センパイは、茜坂にまつわるお話とクイズを交えながら 語ってくれた。 センパイは、どうもそういうクイズが苦手みたいで、面白くなさそう だった。 「騙されんなよ、浅葉」 「はっ、はぁ‥‥」 「おやおや、それは聞き捨てならないね、テストに出るのに」 「出てたまるか!!」 2人は楽しそうだった。 テレビでお笑い芸人さんを見ているみたいだった。 「そう言えば、浅葉クン。この間の謎は解明できたかい?」 「謎? なんだそりゃ‥‥」 「黒猫を見たら、何歩下がるかって事ですよね?」 「浅葉クンは、3歩だったな」 「‥‥‥‥小学生か、お前ら‥‥‥」 「ちなみに僕は13歩だと聞いている」 「‥‥‥誰にだ!?」 「13歩ですか‥‥多いですね」 「あ、あんなトコに黒猫が‥‥よし、浅葉クンやるぞ」 「はっ、はい!」 「1.2.3.4.5.6.7.8.9.」 鳳センパイはムーンウォークするみたいに、後ろに下がっていく。 あたしも、負けじと後ろに下がろうと‥‥‥ 「いっち、にぃ‥‥‥さ‥‥きゃ?!」 何かを踏んづけて、あたしはバランスを崩す。 ぐらりと来て、意識を失いそうになったとき‥‥‥‥ 「ばっ、バカ!!」 倒れそうになったあたしを、センパイが支えてくれた。 あたしに抱きつくような形で、ぎゅっと‥‥‥ 「ったく‥‥‥子供みたいな事すんな‥‥」 「すっ‥‥すみません‥‥‥」 自分でもわかった‥‥‥体温が一気に上がったことが。 どくんどくんと、心臓の鼓動が耳の奧に聞こえる。 センパイの胸に、顔を埋める感じで抱きしめられていると、 不思議な気持ちになってくる‥‥‥ 「足、ひねってないよな?」 「は、はい‥‥すみません‥‥‥‥」 ぼうっとしながら、あたしは応える。 「お前は、そそっかしいから、気をつけろ」 「ふぅん‥‥‥よく知ってるな」 「3日もつき合えば、誰だってわかる‥‥‥」 「つき合ってたんだな」 「なっ、ばっ‥‥‥そんなこと‥‥‥」 しどろもどろになるセンパイを、見て鳳センパイが一瞬 優しい笑顔をした。 「ま、今日はいい物が見られた、それじゃ失敬」 「あ‥‥‥」 そそくさと帰っていく鳳センパイ。 残されたあたし達は、バツが悪くなってそのまま無言で 帰ることになった。 * 「センパイ‥‥‥」 「オス‥‥なんだ、浅葉か」 槇原君達とは別のグループ。 そこにセンパイがいた。 「‥‥‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥‥‥」 「ちょっとのの、どうしたの?」 「すみませんね、この子たまに電池が切れるんです」 ミポリンがあたしからボールをとって、センパイに渡す。 「あ、すみませんでした‥‥」 「いや‥‥ボールぶつかったけど、ケガ無かったか?」 「はっ、はい、ダイジョブです‥‥」 「そっか‥‥ここら辺はボール飛んでくるから、気をつけろよ」 「はいっ、わかりました」 センパイは軽く笑うと、思いっきりグラウンド中央にボールをけり込む。 「うっわぁ‥‥」 「すごーい」 ミポリンとありさちゃんの歓声を受けながら、センパイはグラウンドに 戻っていった。 「前言撤回」 「全く、この子ったら」 ミポリンとありさちゃん両方から肩を組まれて挟まれる。 あたしは、またくすぐられるのかと、体を固くした。 「アンタも、ちゃんと青春してたのね」 「槇原は私が面倒見てあげるわ」 優しい笑顔で2人はあたしを見た。 そんなんじゃ‥‥‥ない‥‥‥ そんなんじゃ‥‥‥‥ でも‥‥そういわれると‥‥あたしは弱いみたいだ。 何度も押し込めた気持ちが、胸一杯に広がる。 グラウンドに目をやると、センパイがどこにいるかすぐわかった。 一度見つけたら、どこにいても探し当てられる自信が、なぜかあった。 あたしは‥‥‥ センパイのことを考えると、胸が熱くなる。 この気持ちを、どうすればいいのかあたしにはわからない。 ただ見つめる事しか‥‥‥今は‥‥そうするしかなかった。 「浅葉ー!! ボールとってくれー!!」 ボールがころころと転がってくる。 今度は槇原君達のやつ‥‥‥‥ 「あ‥‥指定かよ槇原の奴‥‥‥」 ミポリンがちょっとむくれる。 「ぶつけてやって、のの!!」 「えっ? ええっ?!」 あたしは、背中を押されてよろよろとボールに近づく。 槇原君は、あたしが蹴るんだと思って、近づいてこない。 「え‥‥えと‥‥‥」 「ののっち! おもいっきりいけー!!」 あたしは覚悟を決めて、センパイがやってたみたいに、 思いっきりボールを蹴った! 「えいっ!!!」 「あぁぁぁ‥‥‥」 「ホームラン!!」 ボールはあられもない方向に、それと一緒にあたしの靴が 大きく飛んでいった。 |
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