それは、奇妙な情景だった。
男が2人、人知れぬ秘境の隠れ里の中央広場で対峙している。
1人は黄金の長い髪を後ろで縛った色白の男。
もう1人はサングラスというマジックアイテムで目元を隠した、妙に頭部のシルエットが大きな男。
そして2人共、なぜか上半身剥き出しで、見事な筋肉を陽光に晒している。
はっきり言って気色悪いその2人は、身じろぎも出来ぬまま、全身から滴る汗を地面に滴らせていた。

「……できる。そのアフロ頭は伊達ではないという事か……」

金髪の男が、緊張にかすれた声で呟く。

「貴殿こそ、その見事な体躯に勝るとも劣らぬスキの無さ……。なかなか……しかし……」

言葉と共に、アフロの男の拳に魔力が集約し、周囲の空気が振動する。

「……次の一撃が我らの最後の攻撃となろう」

その言葉に、金髪の男がすっと身を引き、素早く空で印を結ぶ。

「ならば応えよう。我が魔力の全てを次の一撃に乗せて……」

男達の周囲に、目に見えないプレッシャーが渦巻き、破裂しそうなほど高まっていく。

「咬竜よ、疾く来たりて話が拳に宿り、全てをうち砕く牙となれぃ!!」
「アムド・ウズル・ディハ、光よ、白刃となりて我が脚に宿り、闇を切り裂けっ!!」

2人が同時に飛び上がる。
そしてアフロな男の拳と金髪の男の脚に、それぞれ力が集約し必殺の力となった。

「爆・裂っ! シューティングスター・ナッコォォォッ!!」
「必・殺っ! スパイラル・スラッシャァァァァァァッ!!」

空中で2人の必殺技が交差し、爆炎と閃光が広場を包み込む。
そして噴煙が収まると同時に、地上に降り立った2人の光る拳と脚が交差し、
互いの急所を寸止めのままとらえ、動きを止めてた。
そのまま、にやりと口元をほころばす2人。

「なかなかやるな……」
「おぬしもな……」

お互いの攻撃で焼けこげ、煙を上げる2人の拳ががっしりと握られる。
それは拳を交えた者たちにしか分からない、熱き友情の証だった。

「お父さんファイト~♪ 謎の人も頑張ってください~♪」

そして、そんな2人をのんびりと応援する女性が1人……。
それは、今回の主人公である、とある少女と、その家族達の心温まる愛と感動の物語である。

……たぶん。

さかのぼること数刻前。
アフロな男ことカーライルは、秘境と呼んで差し支えのない森の奥を、鬱蒼と生い茂る木々をうち払いながら進んでいた。
目的はただ1つ、カーライルが探し求める血を受け継ぐ者が、この森の奥深くで暮らしているからに他ならない。
その目的とは……ここではまだ語る事はできないが、ともかく崇高でかつ大切な事だと理解していただきたい。

「男の背中には秘密が隠されているのだよ。ふっ」
「誰に向かって言ってるんですか……。それに、マスターの背中には『天』って書いてあるだけです……。というか、いつまでこんな鬱陶しい場所を進まないといけないんですか……」

格好良くポーズを決めたカーライルに向かい、冷静なつっこみを入れる謎の生き物……。
それはカーライルの従者のジョルジュに他ならない。

「ジョルジュよ……お前には、このすばらしい男の生き様が分からないのか?」
「今は生き様よりも冷たいお水と休憩が欲しいです……一体何時間歩いてると思うんですか……?」
「そうだな、かれこれ4時間程か?」
「マスターみたいな筋肉マッチョには大した苦じゃないでしょうけど、繊細でか弱い僕には拷問に等しいですよ……ああ、足がつりそうです……」
「お前はずっと浮かんでいるではないか……足だって無いし……」
「浮かぶのだって疲れるんですよ……って。マスター。前方に大きな倒木です」
「それくらいお前がなんとかしろ」
「僕がなんとかしたら、この辺一体が焦土になりますよ?」
「……1回、そのひねた性格を矯正した方がいいようだな」
「あ、ああっ、指をワキワキするのはヤメテくださいっ! なんかマスターがそれをやると怪しすぎてシャレになりませんっ!!」
「こ、コイツめ……」

端から聞けば漫才のようなこの会話。
ここは樹海の奥地である。
であるから、聞いているのは野生の生き物と樹木のみ……のハズだった。

「……あはははっ、面白いですね~」
「むっ、な、なにやつっ!?」
「お、おーっ、純白ゲットっ♪」

突然頭上から聞こえる、妙に間延びをした女性の笑い声……。
カーライルとジョルジュが声をした方を見て、ベクトル的に正反対の反応を見せる。
その原因となった声の主‥‥はるか頭上の木の枝に立ち、くすくすと笑う女性が、そこにいた。
少し短めの民族衣装に身を包んだ、見事なプロポーションをもった女性。
その姿はまさに、森の妖精と呼ばれるにふさわしいものだった。

「おじ様は~、こんな森の奥深くになんのご用ですか~? もしかして迷っちゃいました~?」
「いや、そうではない。ここに隠れ里があると聞いた。そこに住むとある者に用があるのだ」
「僕的には美しい貴女の胸の中でも問題はないですが~」
「あら~、それは大変ですね~、でも、困りました~」

女性が少し困ったように首を傾げて言う。

「この樹海に迷い込んだ人は、もれなく追い返す事になってるんですよ~」
「だから迷ったわけではないのだが……」
「あら~、という事は怪しい侵入者なんですね~」
「まぁ、マスターとかはある意味間違ってはいませんね」
「じ、ジョルジュ……」
「そうなんですか、大変ですね~」

樹海の奥地で繰り広げられる、妙に間延びした会話。

「怪しい侵入者は排除しなきゃいけない事になっているのです~。なので、覚悟してくださいね~」
「だから違うというのに……。少女よ、隠れ里の者か? すまぬが道案内を頼めぬか?」
「はい~、わかりました~。コッチですよ~♪」

少女が軽やかに木の上を飛び、森の奥地へ進む。

「……もしかして、あのスピードについて行かなきゃいけないワケですか?」
「そのようだな。行くぞ、ジョルジュっ!」
「あ、ああっ! 僕を置いて軽やかに木々に飛び乗らないでください、マスター、待ってください、ますたーーー!!」

それは、鬱蒼と生い茂る森の奥地に、突然現れた。
開墾された中央の大きな空間は広場だろうか。
それを中心に、巨大な樹木の枝を利用して、見事な木上住宅がいくつも建てられ、その隠れ里が形成されていた。

「これは……見事ですねぇ……」
「遥か昔から、殆ど人が踏み込むことのない地だからこそ、だな……」
「そうなんですか~? 僕は森の奥地が好きで住んでいるのかと思いましたけど」
「あはは、私は結構好きですよ~」
「ロープでのみ入ることが出来る入り口といい、建物感の微妙な空間といい、まさに生活が鍛錬となろうこの……」
「あー、はいはい、マスターの鍛錬好きは知ってますから、この際おいといてください」
「……聞いてくれてもよいでないか……」
「あはははは~」

中央広場で繰り広げられる、スキのないボケとツッコミ。
その際限なく続きそうだった漫才は、3人のはるか頭上から上がった鋭い声によって終焉を迎えた。

「何者だ貴殿らはっ!?」
「はっ!? 誰ですかっ!?」

ジョルジュが叫んで上を見る。
そこには……陽光を背負い、なにかポーズを取っている、異形の人影があった。

「この地に踏みいる者は全て追い返すと決まっている! そうそうに立ち去れぃ!」

叫び、やたらと仰々しい仕草で、びしっとポーズを付けるその人影。

「……なんかマスターと同じ匂いがするんですけど……って、マスター……?」

ジョルジュが胡散臭そうな目をカーライルに向ける……。
と、カーライルもなぜか、びしっとポーズを決めて、その人影に向き直っている。

「ま、ますたー……一体なにを……」

ジョルジュがあんぐり口を開け、カーライルと頭上の人影を見比べる。

「そうはいかん! 我らはこの地に崇高なる目的をもってやってきたのだっ!」
「いや、だから、ますたー……なんで一言一言、いちいちポーズを決めるんですか……」
「あははは、かっこいいですね~」
「……どうあっても引かぬと申すか?」
「我が背負いし『天』にかけて、押し通る」
「ならば拳を交えて語るしかあるまい」
「それが定めなら応じよう!」
「そうっ、それは定めなれば!」
「なんなんですか、このやりとりは……」
「とぉーーーーーーーーーーーーーぅっ!」

ジョルジュが突っ込む間もなく、頭上の男がかけ声と共に飛び降り、
必要以上にすごい土煙と大きな爆発音と共に、巨大な体躯の男が着地した。

「うわ……マスター並みに筋骨隆々な……」

その巨大な体躯の男はびしっとポーズを決め、カーライルに対峙する。
それに対するようにじりじりと間合いを詰めるカーライル。

「あら~、お父さん、ただいまです~」

そんな男に、のんびりと声をかける女性……。
その女性をちらりと見てから、カーライルを鋭い眼光で射抜く男。
そして、戦いが始まり……始めに戻るわけであった。

「はっはっはっ! カーライル殿、お久しゅうござる! 筋肉の張りもお変わりないようで!」
「マストゥル殿も変わらずのすばらしい肉体だな!」

「はっはっは、まだまだでござる!」
「うむ、はっはっは!」

今までの激闘はなんだったのか、突然高笑いを始める2人。
それを見ながら、ジョルジュははぁ、とため息をついた。
必殺の拳はすんでの所でお互いの身体を捉えることはなく、1ミリ程度の隙間を空けて停止している。

「な、なんなんですか、この展開は……って、なんとなく想像もつきましたけど……」
「ああ、カーライルさんって、お父さんがいつもお話ししていた、恩人の方ですか~」
「ああそうだ、私と母さんを救ってくれた大恩人だよ、カーライル殿は!」
「そんな事はないぞ、あの時のマストゥル殿の活躍も、まさに鬼神であった!」
「いやいやいや、カーライル殿こそ、あのすばらしき技の数々、私が男でなかったら放っておかなかったわ!」
「いやいや、マストゥル殿の筋肉もなかなかすばらしい!」
「カーライル殿こそ! はーはっはっは!」

お互いを抱きしめ親愛の情を示していたマストゥルと呼ばれた男が、真剣な表情でカーライルを見る。

「……して、カーライル殿。この隠れ里になに用で? もしや……あの時の教団が、また……?」
「いや……。奥方はご在宅か? 彼女の……魔女の力を借りたいのだ」

カーライルが小さくそういう。
そんなカーライルを見て、マストゥルと呼ばれた男が、難しい顔をする。

「もしや‥‥ディアボロスですか……?」
「うむ……もはや一刻の猶予もないのだ……」

カーライルが小さく、吐き出すように言う。
そんな2人を、よく分からなさそうな表情で見つめる、女の子……。
それが、女の子……ノエルとカーライルの、初めての出会いだった。

「……その話の流れで、なんでノエルがここにやってきたんだ?」

空中庭園の柔らかな日差しに包まれながら、午後の休憩を堪能していたウィルは、
同じく隣でのんびりとひなたぼっこをするノエルの話を、文字通りのんびり聞いていた。

「それがですねぇ~、お父さんがお母さんと別れたくないって大泣きして~、それで急遽、私が行くって事になったんです~」
「なんだそりゃ……」
「でも、私は私でやりたいこともありましたし、それにこうして~……」
「こうして?」
「いいええ~、なんでもないです~。ここはいつもいい天気ですね~」
「なんか誤魔化したな……?」
「誤魔化してはいないですよ~」
「……ま、いいけどな。しっかしまぁ、おっさんとノエルの家族が知り合いだったとは……今度話を聞いてみよっと」
「ふふふふ~、そうですね~」

ノエルが空を見上げる。
その空は、隠れ里から見た空よりも、森の外から見た空よりも、海よりも、青く、深いとノエルは思った。

 

▲ページの先頭に戻る

Copyright ©2004 COCKTAIL SOFT/HQ All Rights Reserved.

FANDC.CO.JP Official Web Site